大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(行コ)107号 判決 1998年6月04日

控訴人(原告) ノバルティス・アクチエンゲゼルシャフト (合併前の表示 ザンドツ・アクチエンゲゼルシャフト)

被控訴人(被告) 特許庁長官

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  この判決に対する上告のための付加期間を三〇日と定める。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が、平成三年一月七日、控訴人提出の平成二年一一月一九日付け特許第一〇七三四七三号特許権の存続期間延長登録願についてした不受理処分を取り消す。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二事案の概要

次のとおり付加するほかは、原判決の事実及び理由「第二 事案の概要」(三頁一行ないし一三頁七行〔知裁集二九巻三号八一〇頁一〇行目ないし八一五頁六行目〕)と同一であるから、これを引用する。

一  原判決六頁四行〔同上、八一二頁二行目〕の次に、改行して、次のとおり付加する。

「5 なお、ザンドツ・アクチエンゲゼルシャフト(承継前原告)は、平成八年一二月二〇日、チバ・ガイギー・アクチエンゲゼルシャフトと合併し、その権利義務は、控訴人(ノバルティス・アクチエンゲゼルシャフト)に包括的に引き継がれた。」

二  当審における控訴人の主張

1  控訴人がサンド薬品に対して本件特許権につき通常実施権を設定したのは、平成三年一二月二七日(乙第一号証)であり、また、サンド薬品は、昭和六二年三月二〇日に東海大学医学部付属病院と臨床試験委託協定を締結したことも、昭和六三年九月二八日に厚生大臣に対し本件医薬品の輸入承認申請をしたことについても、控訴人に何ら報告しなかったものであり(甲第七号証-控訴人代表者リチャード・ロスの宣誓書)、控訴人がサンド薬品に対して本件医薬品について輸入承認があったか否かを容易に確認することができる立場にあったとはいえない。

2  日本国内における会社としての組織・機能においては、むしろサンド薬品が控訴人をはるかにしのぐ優越的地位を有していた。これに対し、控訴人は、ごく少数の従業員が在籍するのみの持株会社であって、その傘下には世界五五箇国に一七〇もの関連会社が存在し、サンド薬品はそのうちの一社にすぎないので、控訴人とサンド薬品は、医薬品の輸入承認に通常要する五年以上という不確定かつ長期間、知的財産権に関する活動や情報交換について常時密接な関係を保つことは不可能であった。この事態に対処すべく、控訴人は、サンド薬品との間において、控訴人が日本において有する知的財産権の管理についての合意を交わし、サンド薬品は、特許権の存続期間延長を含む知的財産権の実施及び管理について責任を負い、その管理事項について控訴人に報告することとされていたので、控訴人は、サンド薬品が右合意に基づく本件特許権に関する報告義務を誠実に履行するものと信頼していた。このような控訴人の信頼は保護されるべきである。三箇月に満たない期間ごとに輸入承認があったかどうかを確認すべき注意義務があるとすることは、取引の安全を害し、今日の国際経済社会でおよそ受け入れられる余地はない。

三  当審における控訴人の主張に対する被控訴人の反論

1  仮に控訴人が平成三年一二月二七日に通常実施権契約を締結したとすると、サンド薬品が日本国内において本件医薬品の販売を開始した日であると控訴人の自認する平成三年一月一〇日は、右通常実施権契約日以前となり、不自然であり、また、控訴人はサンド薬品が知的財産権の管理についての合意に基づく本件特許権に関する報告義務を誠実に履行するものと信頼していたとの控訴人の主張は自己矛盾の主張となってしまう。控訴人とサンド薬品が平成三年一二月二七日の契約を登録の原因として平成四年四月二〇日に特許登録原簿に通常実施権の設定の登録をしたのは、延長登録出願の拒絶査定(法六七条の三第一項二号)を回避するためであると推認される。

また、サンド薬品が本件医薬品の輸入承認申請をした事実等を控訴人に報告しなかったとの主張は、余りに不自然なものというほかはない。

なお、控訴人がサンド薬品に対して本件医薬品について輸入承認があったか否かを容易に確認することができたこと及びその義務があったことは、通常実施権の設定のみならず、輸入販売契約の締結、控訴人とサンド薬品との関係(優越的地位)等から認められるものである。

2  控訴人は当時サンドグループの統括的立場にあったこと、サンド薬品の全株式を保有する親会社であること、本件医薬品について輸入販売契約を締結し、サンド薬品に対して通常実施権を許諾していたこと等を総合的に考慮すれば、控訴人が特許権者としてサンド薬品に対して輸入承認の通知があったか否かを確認することは、極めてわずかな労力で行えることであるから、延長登録出願をする者又はそれと同視すべき者がその出願をするに際して通常用いると期待される注意を尽くしてもなお出願期間の徒過を避けることができないような客観的事情があったとは、到底認められない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人のした本件特許権の存続期間延長登録出願は、特許法(平成五年法律第二六号による改正前のもの)六七条の二第三項、特許法施行令(平成七年政令第二〇六号による改正前のもの)一条の四所定の期間内に行われず、かつ右施行令一条の四ただし書所定の場合(責に帰することができない理由により当該期間内に出願をすることができないとき)にも該当しないから、被控訴人のした本件不受理処分は適法であって、これを取り消すべき事由はないと判断するものであり、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実及び理由「第三 争点に対する判断」一ないし三(一三頁九行ないし二一頁六行〔同上、八一五頁八行目ないし八一八頁一五行目〕)と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一九頁末行〔同上、八一八頁一行目〕「当然に知っていたと推認されるところであり」を、「当然に知り、又は、少なくとも容易に知ることができたと認められるところであり」と改める。

2  同二〇頁末行〔同上、同頁一〇行目〕の次に、改行して、次のとおり加える。

「控訴人は、控訴人がサンド薬品に対して本件特許権につき通常実施権を設定したのは、平成三年一二月二七日(乙第一号証)である旨主張するが、乙第一号証により平成四年四月二〇日に通常実施権の設定登録がされたのは、法六七条の三第一項二号が「その特許権者又はその特許権についての専用実施権若しくは登録した通常実施権を有する者が第六十七条第三項の政令で定める処分を受けていないとき。」を存続期間の延長登録の出願の拒絶理由として規定しているため、それを回避するためではないかと考えられること、甲第六号証並びに弁論の全趣旨(控訴人の原審における主張内容)に照らすと、控訴人のこの点の主張は、採用することができず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

なお、仮に通常実施権の設定時期が控訴人主張のとおり平成三年一二月二七日であったとしても、前記認定のサンド薬品は控訴人が株式のすべてを保有する控訴人の子会社であったこと、本件医薬品についての輸入承認申請に先立つサンド薬品との輸入販売契約の締結、控訴人・サンド薬品間の知的財産権の管理についての合意等の事実のみでも、控訴人がサンド薬品に対して本件医薬品について輸入承認があったか否かを容易に確認できる立場にあり、その義務を有していたとの結論に変わりはないものである。

さらに、控訴人は、サンド薬品との間において、控訴人が日本において有する知的財産権の管理についての合意を交わし、サンド薬品は、特許権の存続期間延長を含む知的財産権の実施及び管理について責任を負い、その管理事項について控訴人に報告することとされていたので、控訴人はサンド薬品が右合意に基づく本件特許権に関する報告義務を誠実に履行するものと信頼していたのであり、このような信頼は保護されるべきである旨主張する。しかしながら、控訴人は、サンド薬品との知的財産権の管理についての合意の後も、控訴人のために事務を管理する立場にあるサンド薬品を適切に監督する義務があったというべきであり、さらに、本件特許権の存続期間の延長登録の有する重要性、及び、前記認定(原判決一九頁三行ないし二〇頁二行〔同上、八一七頁一四行目ないし八一八頁三行目〕)の控訴人とサンド薬品の関係等の本件の事情の下では、控訴人は三月より短い期間ごとに輸入承認があったかどうかを確認すべきであったというべきである。控訴人がわずかの従業員しか有しないためにそのような義務を果たせなかったとの事情は、単に控訴人が当然なすべき確認義務の遂行に必要な体制を採っていないというにすぎず、右確認義務を有しないことの根拠とはなし得ないものである。したがって、この点の控訴人の主張は採用することができない。

また、控訴人は、サンド薬品が昭和六三年九月二八日に厚生大臣に対し本件医薬品の輸入承認申請をしたことなどを平成二年一一月五日まで知らなかったから、控訴人輸入承認があったか否かを容易に確認できる立場に合ったとはいえない旨主張する。仮に控訴人が輸入承認申請のあったことを知らなかったとしても、控訴人は、前記説示のとおり、サンド薬品との知的財産権の管理についての合意後も、控訴人のために事務を管理する立場にあるサンド薬品を適切に監督する義務があったものであり、本件医薬品の輸入承認申請に向けての準備の進行状況を確認すべきであったことは明らかであり、しかも、この点の確認は三月より長い期間ごとでも行えるものである。したがって、この点の控訴人の主張も採用することができない。

以上要するに、控訴人の右主張は、子会社であるサンド薬品が控訴人との間の知的財産権の管理等に関する合意に違反したことに基づく事情を主張するものであるが、仮にサンド薬品に違約行為があり、控訴人がサンド薬品に対しその責任を追求し得るとしても、法施行令一条の四ただし書の適用については控訴人側のいわば内部事情ともいうべきものであって、これをもって特許権存続期間延長登録の出願期間の徒過を避けることができない事由があったものと認定、判断をすることはできない。

二  結論

以上によれば、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当である。

よって、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担及び上告のための付加期間の定めにつき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項、六一条、九六条二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永井紀昭 濱崎浩一 市川正巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例